« »

感想に対する反応 / 庵野秀明監督は女の子が本当に好きなんだろうなと「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」を見て思った – ハックルベリーに会いに行く

庵野秀明監督は女の子が本当に好きなんだろうなと「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」を見て思った – ハックルベリーに会いに行く
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20090705/1246763356

岩崎夏海さんの感想です。新キャラのマリを中心に語っています。

彼女には、女の子の最良と思われる部分が本当に数多く詰まっている。庵野秀明監督は、女の子が本当に好きなんだろうなあと思った。女の子が本当に好きでなければ、女の子をこういうふうには描けないからだ。女の子の良い面と悪い面を、清濁併せのむような感覚で好きになれないと、とてもじゃないがこういうキャラクターは創出できない。

真希波・マリ・イラストリアスには、圧倒的なリアリティがあった。そして肉感があった。物語中の登場人物であるにも関わらず、まるで実在の人物のように思わされるところが随所にあった。彼女は、一体どこから来たのだろうか? もし庵野監督とお話しをする機会があったら、ぼくはそのことを聞いてみたいと思った。「どこから来た」というのは、もちろん物語中の話ではなく、どういう着想から彼女を創出するに至ったのかという、創作論の話としてだ。ぼくとしては、彼女には明確なモデルがいるのではないかと思った。だからこそ、あれほど肉感的なのだ。そしてもし、そのモデルがいるのならば、それは誰なのかということを聞いてみたいと思った。そして、その人のことを聞かせてもらいたい、もっと知りたいと思ったのである。

庵野秀明監督は女の子が本当に好きなんだろうなと「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」を見て思った – ハックルベリーに会いに行く

マリはミサト以上に年上の女性を意識させますね。男に対してミサトやリツコとも違うサバサバしている感じがあると思います。高校生が中学生を見る感じというのでしょうか。明らかに見ている世界が違うのだけど、身近にいる感覚が上手く表現出来ていると思います。エヴァのキャラクターは庵野監督の分身であるとはよく言われますが、マリは庵野監督ではないなと思います。結婚されたから変わった?とも思いますが、明らかに異質すぎて外部から来た感じがすごくあります。モデルがいるならぜひ聞いてみたいですね。

「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」は、本当に素晴らしかった。誤解をおそれずに言うならば、この素晴らしさは女の子とは絶対に共有できないのではないかと思わされた。なぜなら、そこには男性にとっての永遠の郷愁である、女の子の良い面と悪い面とが、どこまでも切なく描かれているからだ。それを見ていると、とても胸が苦しくなるのである。前に、「新海誠は女の子に喜ばれない」というエントリーを書いたことがあるのだけれど、それと同種の魅力を、この作品にも感じてしまった。とても陳腐な言葉で言うならば、「男のロマンチシズム」といったようなものが、この作品を貫いている、最も大きなテーマであるようにも感じられた。

庵野秀明監督は女の子が本当に好きなんだろうなと「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」を見て思った – ハックルベリーに会いに行く

女の子と共有出来ない素晴らしさという部分が、まだ私には分かりませんでした。しかし「男のロマンチシズム」という点で表現された場面を考えると、女の子とも気持ちを共有出来る部分があると思います。それはシンジがレイを助け出す場面ですね。シンジが白馬の王子になったという点(好きな女の子を助ける。好きな男に助けられる)女の子と気持ちを相互に共有できると思います。

コメントはまだありません

コメントはまだありません。

TrackBack URL :

コメントする





 « »